こんにちは!
今日は、神尾楓珠さんと山田杏奈さんが主演の映画『彼女が好きなものは』について語っていきます。
この作品、観たあとにじんわりと胸に染みてくる、そんな映画でした。
正直、観る前は「BL(ボーイズラブ)」がテーマと聞いて、どんなストーリーなのか少し構えてしまったんですが、実際に観てみると全然違いました。
恋愛、家族、友情……いろんなテーマが丁寧に描かれていて、「自分らしく生きる」ことについて考えさせられる、そんな深い作品でした。
今回は、映画のあらすじや主人公たちの別れに至る理由、そして私が感じたことをたっぷり語りたいと思います!
ネタバレも含むので、まだ観ていない方はご注意を。
映画「彼女が好きなものは」あらすじ
主人公は、高校3年生の安藤純(神尾楓珠)。
彼は周囲には隠しているものの、自分がゲイであることを自覚しています。
誰にも本当の自分を打ち明けられず、ネットで出会った同じ性的指向を持つ大人の男性たちとの関係を続ける日々。
それでも、自分の心の中にある孤独や不安を消せないまま過ごしていました。
そんな中、純はクラスメイトの三浦紗枝(山田杏奈)と出会います。
紗枝は一見普通の女子高生ですが、実は「BL好き」という趣味を抱えていて、それを隠して生活していました。
二人は、お互いの秘密を知ることで親しくなり、次第に距離を縮めていきます。
そして紗枝からの突然の告白。「純君のことが好き」。
紗枝の真っ直ぐな想いに純は驚きつつも、彼女と付き合うことを決めます。
周囲には普通のカップルとして振る舞い、次第に紗枝の笑顔に癒されていく純。
しかし、心の奥底では「彼女を本当に愛しているのか?」という葛藤が消えません。
紗枝と過ごす日々が幸せである一方で、純は自分の性的指向とのズレに苦しむようになります。
紗枝に本当のことを伝えるべきか。それとも、このまま付き合い続けるべきなのか。
二人の関係が深まるほど、純の心には悩みが積み重なっていきます。
映画「彼女が好きなものは」紗枝と別れた理由は?
物語の後半、純は紗枝に対して自分がゲイであることを告白します。
その瞬間、紗枝はショックを受けながらも、「それでも付き合い続けたい」と伝えます。
しかし、純は彼女に対して本当の恋愛感情を抱いていないことを自覚し、二人は別れることを選びます。
純が紗枝と別れた理由、それは「紗枝を傷つけたくない」という想いと、「自分自身に嘘をつけない」という気持ちからでした。
彼女を愛したいという気持ちはあっても、それが恋愛としての「好き」ではないことが純には分かっていたんです。
一方で、紗枝もまた、自分の中で純への想いを整理していく中で、「純の幸せを願う」ことが本当の愛だと気づいていきます。
二人はお互いにとって大切な存在でありながらも、違う道を選ぶことで、それぞれが新たな一歩を踏み出すことになりました。
映画「彼女が好きなものは」が伝えるメッセージ
この映画は、単なる恋愛映画ではありません。
もっと深いテーマ、「自分らしさ」を問う物語です。
純はゲイであることを隠して生きる日々に苦しんでいましたが、紗枝や家族、友人との関わりを通じて、自分を受け入れる勇気を持つことができました。
一方で、紗枝もまた純との関係を通じて、ただ「好き」という気持ちだけでは乗り越えられない現実があることを知ります。
それでも、自分の気持ちを受け入れながら、前を向いて生きていく姿が描かれていました。
「好き」という感情だけでなく、「お互いの幸せを願う」という深い愛の形が、この映画の核になっていると思います。
映画「彼女が好きなものは」のおすすめポイント
- キャストの演技が素晴らしい
神尾楓珠さんの繊細な演技、山田杏奈さんの切ない表情、どちらも素晴らしかったです。特に神尾さんが、純の葛藤を自然に表現していて、彼の心の動きが痛いほど伝わってきました。 - 家族や友情の描き方がリアル
純の母親(田中みな実)が息子の性的指向を知りながらも、彼を受け入れようと努力する姿には感動しました。また、純の友人たちの反応もリアルで、現実でもこういうことがありそうだなと思わせてくれるリアリティがありました。 - 希望を感じるラスト
別れや葛藤を描きつつも、最後には登場人物たちがそれぞれ自分らしい生き方を見つけていく姿に救われました。観終わった後、切なさと同時に「自分も前を向こう」と思えるような前向きな気持ちになれる映画でした。
映画「彼女が好きなものは」ネタバレ感想
映画『彼女が好きなものは』は、ただの恋愛映画ではなく、自己発見の物語でもありました。
主人公の安藤純が抱える葛藤、そして三浦紗枝との関係を通じて描かれる心の変化に心が揺さぶられました。
映画が進んでいく中で、純の心の葛藤がどんどん深くなり、観ている私もその苦しみを感じていました。
紗枝は純を一途に好きだと告白しますが、純は「本当に自分が彼女を愛しているのか?」という問いに答えられず、どんどん自分を追い詰めていきます。
純と紗枝が別れるシーンが、映画の中でも最も感動的で切なかったです。
純は最終的に、自分の性的指向と向き合わせ、紗枝に対して「私はあなたを本当に愛しているわけではない」と告げることに決めます。
その告白のシーンでは、観ている私も心が痛みました。
純は心の中でずっと「このまま紗枝を傷つけたくない」と思いながらも、自分の気持ちに正直にならざるを得なかった。
一方、紗枝はその告白を受けてショックを受けつつも、「純が本当の気持ちを伝えてくれてよかった」と言います。
彼女もまた、純が自分に対して無理に付き合っているのではないか、という気持ちを抱いていたのではないでしょうか。
それでも、別れた後に「ありがとう」という言葉が交わされるシーンは、二人がまだお互いを大切に思っていることが伝わり、胸が締めつけられました。
映画を通して感じたのは、「自分を受け入れることの大切さ」です。
純は、最初は自分の気持ちを抑えて他人の期待に応えようとするあまり、自分が何を本当に求めているのかに気づけていませんでした。
しかし、紗枝と出会い、彼女の一途な気持ちに触れることで、自分の気持ちに正直にならざるを得なくなり、最終的には自分を受け入れる勇気を持つことができました。
また、紗枝の姿勢にも感動しました。
紗枝は、純を好きだという気持ちを持ちながらも、その気持ちを大切にしつつ、純が自分の本当の気持ちに正直であろうとする姿勢を理解し、最終的には彼を受け入れる決断をします。
彼女の心の広さや優しさに、純は救われたのだと思います。
映画のエンディングは、切ないけれど希望を感じるものでした。
別れた後、純は自分を受け入れ、新しい一歩を踏み出す決意を固めます。
彼が自分らしさを大切にして生きていく姿が描かれたことで、観ている私も「よかった」と心から思いました。
紗枝は純と別れた後、少しだけ寂しそうな表情を見せるものの、それでも彼女が最後に見せた笑顔には、純に対する深い愛情が感じられました。
二人はお互いの気持ちを大切にしつつ、それぞれが前を向いて進むことで、物語が美しい終わり方を迎えるのです。
映画『彼女が好きなものは』は、ただの「ゲイの恋愛物語」ではなく、人間としての成長と、愛というものが持つ複雑さを描いた作品でした。
純と紗枝の関係を通して、「自分を偽らずに生きること」の大切さを深く考えさせられました。
また、紗枝が純の気持ちを理解し、彼の幸せを願って別れるシーンに、本当の愛の形を感じました。
映画を観た後、胸がいっぱいになり、少し切ない気持ちが残りましたが、それでも二人が歩む未来に希望を感じることができました。
自分に正直に生きること、そして愛を大切にすることの重要性を改めて実感した作品でした。
映画を観終わった後、誰かと語りたくなるような、そんな温かくも切ない映画でした。
もしまだ観ていない方がいたら、ぜひ観てみてください。
きっと、純粋な恋愛と人間の成長に共感し、感動すること間違いなしです。
まとめ
映画『彼女が好きなものは』は、恋愛や性的指向、そして「自分らしさ」と向き合う物語です。
紗枝と純の関係は一筋縄ではいかないものの、だからこそ観る人に深く響くものがあります。
観終わったあと、切なさと温かさが同時に押し寄せてくる不思議な作品でした。
まだ観ていない方は、ぜひ一度ご覧になってください!
また、原作小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』も映画とは少し違う視点で描かれているので、こちらもおすすめです。
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